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江戸時代の公卿・鷹司房輔(たかつかさ ふさすけ)自筆「新古今和歌集」
鷹司房輔の娘・信子は、徳川家・第5代将軍・徳川綱吉の正室。房輔は、将軍綱吉の義父。
出雲・松江藩・第7代藩主・松平治郷(不昧公)正室・方子(よりこ)旧所蔵
旧・所蔵者・方子(よりこ)は、仙台藩・第6代藩主・伊達宗村の娘
鷹司房輔は、江戸時代初期の公家。寛文4年摂政。天和2年まで関白
《「新古今和歌集」恋の歌四・冒頭の貴重な恋の歌》
海外展示の際の英文表記は「Shinkokin Wakashu・1696・Princess Yorihime」
「Imperial Court Takatsukasa Fusasuke・Autograph」(公卿・鷹司房輔・自筆)
「額縁入原本」
(自筆表面の凹凸はストロボの反射によるものです。)
「自筆原本」
(自筆表面の凹凸はストロボの反射によるものです。)
自筆中「方子」印は、不昧公・正室「方子」の落款
玉映の印は、方子の娘「幾千姫(号は玉映)の落款
花押と落款の詳細は、下記「花押と落款について」欄に記載
自筆が「古切」とされたのは江戸時代後期。古切に至る詳細な経緯は下記「希少価値欄」に記載
(1)・自筆の「原文の読み下し文」は次の通りです。
《新古今和歌集 戀歌四》
後徳大寺左大臣(ごとくだいじのさだいじん)
「うき人の月はなにそのゆかりそと思ひなからも打(うち)詠(なかめ)つゝ」(国家大観番号1266)
西行法師(さいぎょうほうし)
「月のみやうはの空なる形見(かたみ)にて思ひも出(いで)は心かよはむ」(国家大観番号1267)
西行法師(さいぎょうほうし)
「月のみやうはの空なる形見(かたみ)にて思ひも出(いで)は心かよはむ」(国家大観番号1267)
《西行法師(さいぎょうほうし)》
「くま(隈)もなき折(おり)しも人を思ひ出(いで)て心と月をやつしつる哉(かな)」(国家大観番号1268)
《西行法師(さいぎょうほうし)》
「物思ひて詠(なか)むる比(ころ)の月の色(いろ)にいかはかりなる哀(あはれ)そふらん」(国家大観番号1269)
八條院高倉(はちじょうのゐんのたかくら)
「曇(くも)れかし詠(なか)むるからに悲(かな)しきは月におぼゆる人の面影」(国家大観番号1270)
百首歌の中に
太上天皇(だいじょうてんのう)
「忘らるゝ身をしる袖の村雨につれなく山の月は出(いで)けり」(国家大観番号1271)
千五百番歌合に
攝政太政大臣(せっしょうだいじょうだいじん)
「めぐりあはむ限(かぎり)はいつとしらねとも月なへだてそよそのうき(浮)雲」(国家大観番号1272)
「我涙求(もとめ)て袖にやとれ月さりとて人のかげはみねとも」(国家大観番号1273)
權中納言公經(ごんちゅうなごんきんつね)
(文責・出品者)
「原文の読み下し文」は、読みやすいように「通行訳」としております。
(2)・自筆の「原文の現代語訳文」は次の通りです。
《新古今和歌集 恋の歌》
後徳大寺左大臣(ごとくだいじのさだいじん)
(現代語訳文)「月は、薄情な人のどういう縁なのか、縁ではないのだ、と思いながらも、見入り見入りすることだ。」(国家大観番号1266)
西行法師(さいぎょうほうし)
(現代語訳文)「月だけが上空に浮いているお互いの形見であって、お互いに思い出しもしたら、心は通い合うことでしょうか。」(国家大観番号1267)
《西行法師(さいぎょうほうし)》
(現代語訳文)「すこしの曇りもなく、明るく照っているちょうどその時、人を思い出して、自分の心から月を曇らせてしまったことよ。」(国家大観番号1268)
《西行法師(さいぎょうほうし)》
(現代語訳文)「もの思いをして見入るこのごろの月の色に、どれほど哀感がくわわっていることであろうか。」(国家大観番号1269)
八条院高倉(はちじょうのいんのたかくら)
(現代語訳文)「曇ってくれよ。見入るとともに悲しいのは、月で思い出される恋しい人の面影であることだ。」(国家大観番号1270)
百首の歌の中に
太上天皇(後鳥羽天皇)
(現代語訳文)「忘られる身の運を知ってこぼれる、村雨(むらさめ)のような袖の涙に、無情にも、山の月は出たことだ。」(国家大観番号1271)
千五百番の歌合に
摂政太政大臣(せっしょうだいじょうだいじん)
(現代語訳文)「今度めぐり逢うであろう機会はいつと知らないが、よそにいる浮き雲が月を隔て隠すように、幾月も隔てて逢えないようにしてくれるな。ほかからの障(さわ)りよ。」(国家大観番号1272)
わたしの涙を尋ねて袖に宿ってくれ。月よ。宿ったからといって、思う人の面影は見えないのだが。」(国家大観番号1273)
権中納言公経(ごんちゅうなごんきんつね)
出典:日本古典文学全集「新古今和歌集」小学館・刊
備考1:「太上天皇(後鳥羽天皇)」は、高倉天皇の第四皇子。第八十二代後鳥羽天皇。母は藤原信隆女、七条院殖子。子に昇子内親王・為仁親王(土御門天皇)・道助法親王・守成親王(順徳天皇)・覚仁親王・雅成親王・礼子内親王・道覚法親王・尊快法親王。寿永二年(1183)、平氏は安徳天皇を奉じて西国へ下り、玉座が空白となると、祖父後白河院の院宣により践祚。翌元暦元年(1184)七月二十八日、五歳にして即位。翌文治元年三月、安徳天皇は西海に入水し、平氏は滅亡。文治二年(1186)、九条兼実を摂政太政大臣とする。建久元年(1190)、元服。建久九年(十九歳)一月、為仁親王に譲位し、以後は院政を布(し)く。
「自筆の画像断層写真」
海外展示に際し、「Shinkokin Wakashu・1696・Princess Yorihime」と表示されております。
(断層画像MRI 071551―1696―N―14―21―A
自筆中の印は、不昧公・正室「方子」「せい楽(青へんに杉の字の右を書く)」
の印2つと娘・幾千姫(玉映)の落款
「自筆上巻表書の落款と奥付の年号」 上巻表書の「新古今和歌集」の題の左下に「不味公・正室・方子」の落款、奥付に「元禄九年(1696)の年号」の下に鷹司房輔の花押、その右側に仙台藩医・木村寿禎と松平治郷(まつだいらはるさと)の正室・方子(よりこ)の号「方子」落款が押捺されている。
写真右から「新古今和歌集」下巻の表書、中央の写真は漢文で記された「真名序」末尾部分と年号。左端の写真は「元禄九年(1696)の年号」の入った奥付の拡大写真。上の印は、仙台藩医・木村寿禎の落款、一番下の印は松平治郷(まつだいらはるさと)の正室・方子の落款。中央は方子の娘・幾千姫(玉映)の落款。
年号下の署名は、鷹司房輔(たかつかさ ふさすけ)の花押。
1・自筆の「所蔵来歴」について
自筆原本の奥扉には、「鷹司房輔」の花押がある。鷹司房輔(たかつかさ ふさすけ)は、寛永14年生~元禄13年没。房輔は、江戸時代初期の公家。
自筆は、鷹司房輔が59歳の時に書き終えたものである。心を鎮めるために「茶」をたしなむような心情で「新古今和歌集」を書き進めたいたのではないかと推定されている。
各自筆には「方子」及び「幾千姫(きちひめ)」落款の押捺があることから、鷹司家から松江藩主・松平治郷(まつだいらはるさと)が入手し、その後、治郷の正室・方子(よりこ)から娘・幾千姫(きちひめ・号は玉映)に渡り、のち仙台藩に伝来したことがわかる。
ただし、方子の父・伊達宗村(仙台藩の第6代藩主)は、茶道具を収集し同時に優れた文人として和歌をたしなんでいたことから、方子の嫁入の道具として松平家に持参したという研究者もいる。
松江藩の江戸邸(赤坂)と仙台藩の江戸・上邸(麻布十番)は近くにあるため、往来は頻繁にあり「自筆」は、茶会の「道具」として活用されたものである。
松平治郷の正室・方子(よりこ)は、伊達宗村(仙台藩の第6代藩主)の娘である。松平治郷《宝暦元年2月14日(1751年3月11日)~文政元年4月24日(1818年5月28日)》は、松江藩の第7代藩主であり、江戸時代の代表的茶人の一人で、号は不昧(ふまい)という。自筆の奥書に記された「元禄九年(1696)」の年号から、自筆の最初の所蔵主は「松平治郷」であることがわかる。
「新古今和歌集」上巻末尾に松平治郷(まつだいらはるさと)の正室・方子(よりこ)の号「方子」と方子自身の他の号である「せい楽(せいという字は青へんに杉の字の右を書く)」の落款が押捺されている。
「額縁裏面のラベルの表示、及び鷹司房輔・自筆(東京国立博物館・所蔵)、並びに公家事典」
海外展示の際、額縁の下に断層写真が掲示されます。
日本では断層写真による掲示の事例がないため、国内
展示用に準拠し、額縁の裏面に下記ラベル(上段)を貼付します。
鷹司房輔の娘・信子は第五代将軍・徳川綱吉の正室(公家事典)
1・鷹司房輔の自筆
上記3枚の写真のう中段の写真は、鷹司房輔・自筆「徒然草画帖・詞」(東京国立博物館所蔵)
「東京国立博物館・徒然草画帖」をご覧ください。
2・裏面ラベルの表記について
自筆は、海外展示の際、「Shinkokin Wakashu・1696・Princess Yorihime」と記載されております。「Yorihime」と記される「方子(よりひめ)」の父は、仙台・六代藩主・伊達宗村です。「方子(よりこ)」は、不昧公の正室として嫁ぐ前「方姫(よりひめ)」と呼ばれていたことから、海外展示の際には「方姫(よりひめ)」の英文表記で記されております。
鷹司房輔は、公卿であり本来、筆者として「Shinkokin Wakashu・1696・Imperial Court Takatsukasa Fusasuke・Autograph」と表記される場合と海外では女性の所蔵に力点が置かれておりましたため、「Shinkokin Wakashu・1696・Princess Yorihime」とのみ表記される場合がありました。海外展示の例を踏襲し両方を併記いたしました。
3・鷹司房輔は徳川家・第五代将軍・徳川綱吉の義理の父
鷹司房輔の娘・信子は、第五代将軍・徳川綱吉の正室として知られております。このため徳川綱吉の義理の父として徳川幕府と交流を深めていた。(出典・「公家事典」86頁「鷹司家」吉川弘文館)
出品者の家で代々所蔵している元禄9年(1696)「新古今和歌集」自筆を出品 商品説明 元禄9年(1696)「新古今和歌集」の和歌の自筆〔古切〕です。
貴重な「新古今和歌集」自筆を身近なものとして鑑賞することができます。
元禄9年(1696)「新古今和歌集」は、本来「上巻と下巻」がありますが、上巻の半分(巻七以下)と下巻の大半については、茶会用に仙台藩に貸し出されておりました。その後、仙台藩の「廃城令」による廃城によってこの貸出分が消息不明になっております。
自筆 自筆切の稀少価値は、和紙の生成技法の緻密さにある。上の「拡大断層(MRI)写真」でわかる通り、極めて薄い和紙の上に墨の文字がくっきりと浮き上がるように「新古今和歌集」の文字が記されている。
出品している書の「断層(MRI)写真」の原板は、レントゲン写真と同じ新聞の半分ほどの大きさのフィルムです。落札後には、見やすいようにA4サイズの「光沢紙」に転写し交付いたします。肉眼では見ることのできない和紙の繊維の一本一本のミクロの世界を見ることができます。日本国内では医療用以外には見ることのできない書の「断層(MRI)写真」です。
古切の書は、一旦表装を剥離し分析と鑑定検査のために「断層(MRI)写真撮影」されている。撮影後、展示のために再表装をしている。掛軸や屏風にすることが可能なように、「Removable Paste(再剥離用糊)」を使用しているため、自筆の書に影響をあたえずに、容易に「剥離」することができるような特殊な表装となっている。 断層(MRI)写真 1・断層画像解析について
従来、日本の古美術の鑑定の際の分析・解析は、エックス線写真、赤外写真、顕微鏡などが中心。一方、アメリカやイギリスでは研究が進み和紙の組成状況を精確に分析・解析をするために断層(MRI)写真が利用されており、今回の出品に際し、「断層(MRI)写真」を資料として出しました。本物を見分けるための欧米の進んだ分析・解析技術を見ることができる。
2・自筆の鑑定・解析・識別方法について
国内における鑑定人は、自筆の筆者を識別するために、個々の文字ごとに字画線の交叉する位置や角度や位置など、組み合わせられた字画線間に見られる関係性によって、個人癖の特徴を見出して識別する方法、また個々の文字における、画線の長辺、湾曲度、直線性や断続の状態、点画の形態などに見られる筆跡の特徴によって識別する方法、そして、書の勢い、速さ、力加減、滑らかさ、などの筆勢によって識別する方法が一般的な手法です。
一方、欧米では一般的には、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析をコンピューターの数値によって解析しております。数値解析は、文字の筆順に従いX、Y座標を読み、そのX、Y座標をコンピューターへ入力後、コンピューターによって多変量解析を行うものです。解析の基準となるのが「ドーバート基準」で、アメリカでは日本国内の画像データを自動的に収集、自筆の分析に際し、数値データをコンピューターで自動的に解析し「極似」した画像データによって筆者を識別する研究が進んでおります。
日本では、国宝の中にも「伝」という文字がつく場合が多くありますが、問題は元になるデータが少ないほど解析が難しくなります。
花押と落款 1・花押と落款について
花押(署名)や落款(印)は、時代や年代と共に変化していきます。諱(いみな)を避けるために改名する場合があり、それと共に花押と落款も変化していきます。ちなみに、松平治郷(不昧公)の花押は十数種類確認されており、それぞれが「花押・落款辞典」等に掲載されておりますので、容易に検索することができます。政治的に使用以外の私的な目的で使用される花押や落款は、確認が難しく指紋照合や筆跡照合と同様にコンピューターで確認照合する時代となっております。花押と落款の識別についても、上に記載いたしました「筆者識別(Handwriting Analysis)」のデータベースを活用して「識別」しております。 寸法 自筆の大きさ タテ23.0センチ ヨコ12.9センチ。額縁の大きさは、タテ40.0センチ ヨコ30.0センチです。額縁は新品です。周辺の白い線はストロボ撮影による光の反射光で傷ではありません。 解読文 自筆の「現代語訳解読文(通行訳)」は、「日本古典文学全集」「新古今和歌集」(小学館:刊)に記されております。 稀少価値・来歴 出品した「新古今和歌集」自筆は、和歌だけの断片です。このような断片を「古切」といいます。貴重な和歌を断片化し、「手鑑」にして鑑賞していたものです。「新古今和歌集」は、元来一帖であり、後の時代に巻物となり、さらに時代が下り、主な和歌は「手鑑」となり、一部は、「屏風立て」や「掛軸」となって鑑賞されていたものです。
原本は、ほかの自筆との識別・分類・照合をするための「手鑑(てかがみ)」として用いたものです。
和歌ごとに「古切」となっているのは、こうした理由によるものです。また、自筆の断簡の数が多くなると、自筆の分類をするために基本となる「手鑑」によって識別をします。現在は、写真によって識別・鑑別をすることができますが、写真のない時代には「手鑑」によって識別・鑑別をしておりました。
古来、「手鑑」は、鑑定の「つけ石」として活用され、人の目に触れることはありませんでした。「手鑑」は、本来、自筆切の和歌の右上に「極付(きわめつけ)」という札を貼り付け、その下に落款を押捺します。この札は、別名「題箋(だいせん)」ともいいます。木村寿禎は「極付」のつもりで落款を押捺したと推定されております。
HP 出品者の家で代々所蔵している元禄9年(1696)「新古今和歌集」の断簡(断片)のうち、海外展示の終了した自筆を「海外展示状態」の「額縁付」で出品をいたしました。出品作品以外の所蔵品を紹介した 「源氏物語の世界」をご覧ください。ツイッター「源氏物語の世界」も合わせてご覧ください。
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